コラム

今、話題の人 💛 ボランティアキャプテン紹介(7)

 エルセラーンのポリシーや商品をメンバーさんたちにお伝えして正しい生き方を広め、商品販売の収益の一部を率先してボランティア活動に寄付されているのが、全国で活躍するボランティアキャプテンたちです。どんなお仕事内容なのか、どんな日常を過ごされているのかを話題のキャプテンたちにお聞きしました。

永井眞由美キャプテン(1951年生まれ)
(1988年奈良キャプテン会所属)
エルセラーン1%クラブの新理事


■「人のお役に立ちたい」とキャプテンに



 30代半ば、高校時代の同級生から講演会に誘われたのがエルセラーンとの出合いでした。化粧品が石油からできていることをそこで初めて知りました。敏感肌でどの化粧品もつけるとピリピリして痛かったのにエルセラーンのサンプルは肌にすーっと馴染んで優しくて、「探していた化粧品はこれだ」と思い、すぐパートナーになりました。直上のキャプテンはいつも明るく、そして優しく包み込んでくださる〝お姉さん〟、田中智恵子さん(大阪)です。
 しばらくして石橋会長の講演会があり、途上国の貧しい子どもたちや難民の話をされ、「そういう子どもたちがいるのをご存じですか?」と問われて大きなショックを受けました。子育てと家業の酒屋の手伝いに追われ、自分の周りのことしか考えていなかったからです。国際ボランティアのこと、地球環境のことを大切な友だちに伝えなきゃ…。家業の合間を見つけてホームパーティを開き、スライドを壁に写し、フリップチャートを読みまくりました。気づくとメンバーが増え、知らぬ間にキャプテンへの昇格条件が揃っていました。
 「人のお役にたちたい」と思っていたので迷わず、キャプテンになりました。昇格の際に石橋会長から面接で「愛とは何ですか?」と難しい質問をされて「落とされたらどうしよう…」、不安になったことを覚えています(笑)。

★永井眞由美Cのプロフィール★


出身地:奈良市。証券会社のOLを経て、酒屋を営む家へ嫁いだ。3人の子育てをしながら家業を手伝い、そこにキャプテン業が加わっていった。
血液型:O型。大雑把な性格で子どものころは山を駆け回るお転婆だったという。自己分析は「楽天的でキャプテン会では天然とよく笑われています」。
家族:夫とは7年前に死別し、その際に酒屋を廃業。長男、長女は独立し、今は二男と暮らしている。孫は5人。
マイ・ブーム:OL時代からニュースに興味があり、石橋会長から「ニュースは見なさいよ」と教えられて拍車がかかった。今はYoutubeで国際情勢などの動画を観て楽しんでいる。
息抜き:中学生~OL時代にはソフトボールの選手として活躍した。いまはアクション系の洋画を観ること。
利他愛の原点:高校時代、点訳クラブに所属し小説を点字に変えて老人ホームに贈ったり、手紙の代筆をするボランティアをしていた。

■学校建設への挑戦で強まった〝やりがい〟


ネパールの永井小学校開校式で=2017年1月

 2017年1月、私の名前の付いたネパールの小学校(現地名:ナバ・プラティバ小学校)の開校式に参加しました。崖沿いのでこぼこ道を長時間、車に揺られてようやくたどり着いた過酷な場所で、向こう側にはチベットが見えていました。そういうところに学校を建てさせていただけてとても感動しました。垂れ幕が林立する中を子どもたちが熱烈に出迎えてくれてすごくうれしかったです。現地の方が「皆さんは天使です」といってくださった言葉が今も忘れることができません。実はこの学校建設が決まる直前、主人を亡くしたのですが思い出に浸るひまもなく、開校式の準備に追われて落ち込まずにすみました。
 エルセラーンと縁があって出会い、人として唯心の生き方をさせてもらうための学校建設だと思っています。私がエルセラーンと出会ったころ、この事業はまだありませんでした。今、学校建設に挑戦し、「自分の名前の付いた学校」という具体的な形として残してもらうことで、やりがいが強くなっています。
 石橋会長がおっしゃるように、まずは10校を達成するまで頑張りたいなと思います。動ける限りエルセラーンで仕事をさせていただくことが私の喜びです。

■実践哲学の勉強に魅せられて



 今年2月、初めてエルセラーン1%クラブの理事とならせて頂きました。「自分がまさか理事に…」とビックリしましたが、理事会に参加してボランティア事業はこんなふうに決まっているんだと知りました。ボランティア活動の詳しい資料を読ませていただき、深いところまで勉強させてもらえると思うと胸がワクワクして嬉しいです。少しでもお役に立てたらと思っています。
 私の学生時代、勉強は仕方なくしていたと思います。でもエルセラーンに出会って石橋会長からいろんな実践哲学を学び、それが楽しいです。社会人になって勉強する場って、なかなかないですよね。人として、どう生きていくのかという話がすごく魅力的でした。
 人のお役に立ちながら仕事をしていける、そういうことを40年前に考え出した石橋会長の頭の中はどうなっているのか。それがSDGs(持続可能な開発目標)という形で世界に拡がっているのはすごいなと思います。

■次世代を育てたい


 これからも多くの方にお伝えしてキャプテンになってもらいたいです。特に次の世代の方に出会って、育っていただけたらと願っています。そのためにはメンバーのお嬢さんやお嫁さんにお伝えして、しっかりつないでいきたいなと思っています。私はメカに弱いですが、エルセラーンのホームページを転送することはできるので、コロナ禍でなかなか会えない人には送ってご覧いただいています。
 嬉しいことに奈良キャプテン会は今年、役を担う方が若返り、新しいキャプテンも誕生しそうでワクワクしています。奈良のキャプテンは皆さん、素敵なできる人ばかりなので、会社に沿った方向性で明るく楽しく、一緒に頑張っていきたいと思います。(インタビュー2022年2月)

筒井信子キャプテン(1950年生まれ)
(1991年豊橋キャプテン会所属)
2校目の筒井小学校が3月、バングラデシュに開校


■エルセラーンは異次元のスケール



 ウナギ養殖と米やキャベツを作る農家に嫁ぎましたが紫外線対策をしなかったので肌が真っ黒になり、化粧品のファンデーションを使うようになりました。でも、石油系だからかどれも肌がかぶれ、5、6社目に出会ったのがエルセラーン化粧品でした。肌に気持ちよく浸透したことを覚えています。
 ただ家業が忙しく、封建的な土地柄でエルセラーンの仕事をする余裕がないまま数年が過ぎました。直上のキャプテンにしぶしぶ連れていかれた講演会で石橋会長(当時は社長)の話を初めて聞き、〝国際ボランティア〟という異次元のスケールが大きい話に圧倒されました。「片手間ではできない仕事だな」。周りに勧められるままにキャプテンへ昇格しました。

★筒井信子Cのプロフィール★


出身地:秋田県で生まれて横浜市で育った。外資系商社などに勤めた後、職場結婚。やがて夫の郷里・愛知県豊橋市へUターン、ウナギ養殖と農家を継いだ。今は米と無農薬野菜を自家消費分だけ作っている。
血液型:周囲からは「らしくない」といわれるA型。「マイペース人間で、周りのみなさんに迷惑をかけています」。理論的なことが苦手で早とちりを自覚しており、「人の話をきちっと聞こうとは心掛けています」。
家族:二男一女に恵まれたが、長女は病気で早逝した。息子2人は独立し、今は夫と二人暮らし。
マイ・ブーム:体を動かすことが好きで昔はバスケットボールやママさんバレーを、最近はウォーキングをしている。
息抜き:録画したTVドラマ、特にコミカル系を見ること。NHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』は欠かさず見ている。 友だちと行くカラオケはコロナ禍でお預け状態。
特技:どこでも、どんな状況でも〝わずか3秒で〟寝られること。

■「エルセラーンに出会っておめでとう」


ベトナムの筒井小学校開校式で、ありし日の
長女(右)とともに=2015年8月

 ベトナムの筒井小学校(現地名:ティエンヒエップ小学校)の開校式に2015年8月、参加しました。子どもたちが喜んでくれる姿は想像以上で、そこまで感謝されることが恥ずかしいぐらいでした。「ありがとうのシャワーを浴びる」とはこのことか、と体で感じました。
 同行した長女には病気の発作があり、塞ぎ込みがちになっていました。病院の総務・経理担当としてパソコンを長時間使っていたことによる電磁波公害が原因だと医師から診断されていたのですが、ベトナムの純真な子どもたちと会ったことで気持ちがほぐれ帰国後は症状がどんどん好転したんです。「お母さん、開校式に行って本当に良かった」と喜び、やがて婚約も決まりました。しかし油断があったのでしょうか、入浴中に発作を起こしてしまい34歳の若さで逝ってしまいました。
 落ち込んでいる私の心を癒してくれたのはエルセラーンのメンバーたちです。顧みれば娘を亡くしたとき、自分の体調を崩したとき、いつもメンバーたちに助けられてきました。こんな素晴らしい仕事、生き方は他にないと思います。
 昨年末、2022年の手帳の扉に石橋会長から次のようにサインをいただきました。
 《世界一のエルセラーンに出会っておめでとうございます》
 この言葉、涙が出そうになるほど嬉しかったです。本当にエルセラーンと出会えて良かった…。

■学校建設があるから頑張れる


3校目の学校建設条件を達成して糸谷社長から表彰される
筒井キャプテン(右から3人目)=2021年8月

 今年3月のスプリングフェスティバルで、バングラデシュの筒井小学校(現地名:ピホール小学校)の開校式がおこなわれます。コロナ禍で残念ながら現地には行けませんが、ホテル エルセラーン大阪で開催されるので、いろんな方、たくさんの方に来ていただけそうで嬉しいです。
 特に傘下のメンバーたちにはとてもお世話になっているので、開校式の感触をホテルで味わっていただきたいです。
 エルセラーンの仕事を始めたときには、自分の名前の付いた学校の開校式に参加するなど想像もできませんでしたが、今はそれがあるから頑張ろうと思えます。この仕組みを作っていただいた石橋会長、糸谷社長には感謝の気持ちでいっぱいです。この歳になっても目標を持たせていただけることは本当にありがたいと思います。

■「楽しくなきゃ、エルセラーンじゃない」


 エルセラーンには定年がないので、ずっと続けていきたいです。今年の目標は若い世代にエルセラーンを伝えること。初めて使う化粧品としてエルセラーンを知ってもらおうと思います。
 先日も10代の若い子が目をキラキラさせて新しいフリップチャートを、身を乗り出すように聞いてくれました。素直に聞いてくれるのでメチャメチャいいですね。若い世代にはなかなか出会えませんが、メンバーたちのお孫さんなどを紹介していただき、「10代をターゲットに頑張ろう」と思っています。
 私のモットーは「楽しくなきゃ、エルセラーンじゃない」。これからも楽しみながら、いろんな方と出会っていきたいです。(インタビュー2022年2月)


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